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林文浩インタビュー
by WAYNE LORDS
2009年7月
WAYNE LORDS(以下W)生まれも出身も東京ですか
林文浩(以下H)西側で生まれました。三重県。伊勢神宮の近くで育って、18歳、大学の時に東京に出て来て。パンクバンドやりにきたんだけど、1982年、日本の経済がバブルで、みんなポリティックスも忘れちゃって、イエーイって遊んでるような感じになっちゃった時だから、PUNKとかやってても女の子にもてなかったから、もう辞めて、大学で、日本の歴史をずっと勉強をしてたんだよね。
W どうしてメディア業界に入ったんですか
H 大学卒業して、とにかく俺、子供の頃から会社で働きたくなかった。他人のためになんかずーっと一生働くのはちょっと嫌だなあと思って、それでまあ、働きゃなきゃいけないから。音楽やってたから、80sのロンドン、その頃さ、i-Dとかさ、フェイスとかさ、ブリッツとかさインディペンデント系のロンドンの雑誌出てきた時だったから、ファッションもあって、ミュージックもあって、カルチャーも、ミックスでしょ。そういうことやりたくて出版社いろいろ受けたんだけどさ、ダメだったから。日本でその頃、そういうタイプの雑誌作ってるって、あんまなかったのね。幾つしかなかったから、そこ落ちたときに自分で作ろうかなっていうアイデアがあって、ファッションの出版社で学生の時に働いてたわけ、その時にノウハウ、要するに営業してお金とったりを勉強したんで、それで卒業してから自分で。
日本の出版社って、例えば、小説もあれば、経済誌もあって、ファッションもあって、なんかいろんなものがあるから、そこの会社に入っても、ファッションにいくかどうか分かんないよね。もしかしたら、漫画になるかも知んないし。ただ、ビックカンパニーじゃないと本出してなかったから、まあそこ受けたけどだめだった。それで、まあ、だったら作るって感じでね。
W いつDUNEを始めたんですか
H 1992年か1993年に始めたと思う。28歳だね。その前にリッツって雑誌あったんだよね、俺。
W 80年代の海外からの日本のシーンの影響は
H 80sは、やっぱあれでしょ、Rei KawakuboとかさIssei Miyakeとかさ、Yoji Yamamotoというのがパリコレクションやってジャパニーズのデザイナーズファッションが、初めてアップライジングしてきたから、東京中、バブルっていうか経済がよかった時だから、日本人はそれまでトラッドだったのね。アイビーかトラッド着てたのが、80sでみんな、はじめてトラッド以外の服買って、あと外車。それまで、お金持ちの人しか手に出来なかったのを普通の人が買い出した時代。でプラス、ローン。昔日本の人ってローンがあんまりよくなかったんだけど、それがはじめてローンというものがすごいポピュラーになって、みんなローンで物買って、はじめてみんなクレジットカード持って海外行って、ちょっとおかしな今の中国みたいな、そういう感じだったから、みんな海外のものに対してみんなすごい影響受けたんだけど、80sはちょっと今と違って、ロンドンファッションとか、ロンドンミュージックっていうのがすごく強かったから。今はどっちかとアメリカの影響なんだけど、東京は。その頃はロンドンと西海岸、サーフィンとパンクみたいなかんじで。だから、ロンドンの影響を受けたね。ファッションもミュージックもカルチャーも。
W グラフィティを扱うきっかけは、何だったんですか
H 一番始めはバリー・マッギー、TWIST。1996、それくらいにニューヨーク行った時に、ソフィア・コッポラとよくいて、ソフィア・コッポラの家に行った時にマーク・ゴンザレスを紹介されたわけ。マークゴンザレスに会った後にアーロン・ローズがギャラーやっててそこに遊びにいって、バリー・マッギーとかマーク・ゴンザレスとかクリス・ヨハンセンとかあの辺の連中に会って、それで、アーロンと色んな事をやり出したの。
その頃のときに、日本のグラフィティーライターで二人いたわけよ。そいつらが、ワールドツワーにいきたいからサポートしてくれ、って言われた。アメリカとメキシコとブラジルに。バリー・マッギーとか知ってたから、とりあえず行ってくれお金わたして彼らが世界回って帰ってきて、そのとき初めて今度違う視点で。
W DUNEがサポートしたんですか
H DUNEがサポートして、そんな何十万じゃん。その頃彼らお金なかったから、30万お金持ちの人に渡しても、1日で使って終わるけど、若いやつに30万て、同じ30万ですごい意味があるでしょ。それをやって、それからいろいろ話してるうちに。
W 創刊当時から、ストリートカルチャーを扱っていたんですか
H 創刊号のときはね、ハイファッション。途中でソフィアコッポラ、ビースティーボーイズ、スパイクジョーンズに会ったくらいで。
W DUNEでですか
H そうDUNEで。グランドロイヤルがX LARGEってブランド作っててプロモーッションで日本に来たたわけ。ビースティーボーイズとソフィア・コッポラとキム・ゴードンとサーストン・ムーアとアイオン・スカイが来てたのよ。ニューヨークと、ロスアンゼルスシーンが来て、その時にソフィアに会って、ソフィアが写真を見せてきたから、いいじゃんっていって、カタログの仕事を振ったんだよね。それで、ソフィアのまわりとかさ、グランドロイヤルとかストリートシーンじゃん。そっからこう。。。
W あなたはラッキーですね。なぜなら他の雑誌は同じことをやってません。DUNEは彼らのことを扱った唯一の雑誌で、とてもストロングですね。
H 自分がほとんど1人で作っているから映画ムービーみたいに出来るでしょ。会社にいるとさ、自由に動けないじゃん。システムがあるから。
自分はフリーだったから、好きな時に、好きなとこにいって、そのかわり、インタヴューもしなきゃいけない、文章も書かなきゃいけない色んな事やんなきゃいけないから、行ったら、取材しなきゃいけない、自分が書く分にはお金かかんないから。そういう感じだったんで。
W いま、あなたはギャラリーをやられていますが、雑誌はカルチャーを紹介するのに最終的にいい方法ですか
H 日本て、雑誌ってビジネスであって、カタログであってカルチャーじゃないのね、ほとんど。一番始めに売れるか売れないか、お金はいるか入らないかになっちゃって、エディターがいない。
エディターじゃなくて、コントロールするだけで、ノーアイデア。ただのお金になっちゃったから。
俺はあれなんですよ。有名なものは興味ないのね、ソフィアも別に有名だからつき合ったわけではないし、その頃ぜんぜん有名じゃなかったし、マリオ・ソレンティは少々有名だったけど、ほとんどは昔から10年くらいつきあってるんですよ。それから、彼らが、有名になっただけで。要するに、才能をグローアップするのがマガジン、特にインディペンデントだと思ってるんだけど。今みんなそんな事考えてない。
その時にもう今のシステムだとちょっと雑誌は作れるんだけど、自分が考えているような雑誌を作るとすごくエコノミー的にダメージを被る日本の状況は。理解しないのよ、クライアントが。例えば、海外だと、ジャーナルとかパープルとか出すじゃん。パープルは3000部とか出すのよ。
向こうは文化、カルチャーだし、重要だから。日本はそんなのなし。
W 日本の出版のシステムは興味深い、マガジンハウスは何冊雑誌を出版してるの?アメリカにもあるらしいけど、すごいよね。
H アメリカだとヴォーグとバザーとエルと、日本はもう100ファッションマガジンだから、そこが全部、広告欲しくてやってて、もうおかしいんだよね。
W 今ギャラリーだけをやってますよね。どうして今ギャラリーなんですか?雑誌業界はダメになってきてますが。
H 日本であたらしいやり方を変えないと、新しいやり方を考えなきゃいけないと思って。
11月に自分で出すわけじゃないんだけど、別の会社が本作りたいって言ってて、今リベルタンていうやつを作ってるわけよ。ディストリビュートとシステムを変えて一回やってみようと思って。それがうまく機能したら、基本的自分、雑誌は大変だけど必要だと思うから。
W 他のギャラリーとの違いはなんですか
H 東京のアートシーンって狭いじゃん。だから、東京のアートシーンは考えてなくて、例えば東京でこういうアーティストがいるからやりませんかって持って行っても、まず、無理なわけよ、遅いし。プレセンテーションしてもとんちんかんな事ばっかりいってて、結局3年後か5年後だよ。
テリー・リチャードソンもソフィア・コッポラも全部やりませんかって持って行っても、始め分かりませんって感じで、有名になると私が私が、って来ちゃって、その遅さと分かってないのに関して、なんかもう飽きれて、どうでもいいと思ちゃって、だったら、自分で場所を持ってれば出来るじゃんすぐ。
オフィスリフォームしていいって条件だったから、作ったのよ。ニューヨークに友達多いから、ニューヨークとキャッチボールしたい。例えば、ニューヨークの若手こっちに持って来て、日本のものを向こうでエキシビションできるようにして、オーバーグラウンドとアンダーグラウンドあるんだけど、日本の場合、オーバーグラウンドはビジネスだから。すごいボーリングだし、芸能人だし、フェイク。日本のカルチャーって言うのは、バンドでもさ、ライブとCDあるよね。で、日本ていうのは、DJがえらいわけよ、ミュージシャンより。ファッションデザイナーより、スタイリストがえらいわけよ。要するにサンプリングカルチャー。オリジナルを作らない。人が作ったものをリメイクするのが、日本の文化の頂点。オーバーグラウンドではそれなわけよ。
でも、アンダーグラウンドっていうのは、そのオーバーグラウンドの芸能人がどうだ、パーティーがどうだ、っていうのが好きじゃない人たちが自由であるためにいるところなんだ。だから、反対にアンダーグラウンドの方がオーバーグラウンドより、全然クオリティーが高かったりするし、オーバーグラウンドに行きたくない。そう特殊なとこあるから、日本のアンダーグラウンドといわれるものをうまく海外と繋げたら、結構面白い事になるかな。要するに、海外の人もいっぱい日本に来るようになったじゃん日本に。ちょっと減ったけどさ バブル終わっちゃったから。その時見てるものの中でやっぱりアンダーグラウンドのものって見れない。オーバーグラウンドものってその辺で見れるけどさ。アンダーグラウンドのものってなかなか見れないからさ。そこを海外とキャッチボールやれたらな。
W 雑誌に対して責任はありますか
H 責任あるでしょ、そりゃ。広告もらったからとか、お金とか、とにかく、これは面白いとか、才能あるアーティストいいミュージシャンとか、いいものを読む人に、これはいいんだと伝える。その時いいものをお金とかさ、他のものでさ、悪いものをいいってやるようなさ、そういったことは良くないと思うんだ。とにかく、ちゃんと一応自分の名前出して書くわけだから、自分がいいと思ったものを責任もって伝える、という事は必要だと思うし、文化とかカルチャーに責任を持つべきなんじゃない。もちろんビジネス的にも責任を持たなきゃいけないけど、ビジネスの部分は読む人に関係ないからね。雑誌だから、お金で作ってんだったら、クライアントのため。
W ギャラリーに対しては
H 特に自分みたいなのはね。商業的な部分をやったらこういうのやんないと思うから、もちろん商業的な部分は頑張るけどね。他がやらないものをやらないかぎりだめだね。
Libertin DUNE No.2 inside view is here.


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